2010年06月03日

新しい組み合わせと物まねコピーがアートの元

 コンピューターグラフィックスによるアート(CGアート)では、よく合成という言葉を使います。この合成という言葉を自分の制作したスピリチュアルやヒーリングアート作品を誰かに紹介するときに使うことがあります。しかし、合成という言葉がどことなく安っぽく、既成概念が入った感じで受け取られていそうで、何かしっくり来ないと思っていました。

 「創造力とは情報の組み合わせ能力だ」と言われている。と、いうことを、『オリジナル・シンキング』(高橋宣行著)という本で読みました。アート的に発想や企画をするといいよという部分もある内容の本ですが、合成という言葉について何か他にいい言葉がないかということのヒントになりす。

 単純に何かと何かを合わせてくっつけるというような、合成という感覚よりも「新しい組み合わせ」なのです。アート作品の合成といわれる過程は、新しいアートの組み合わせを模索し、アートの新しい組み合わせを探すというイメージの方に近いものがあります。アートをする上でこの考え方が役にたちます。

 もちろん単純に合成したいという時はあります。それはそれ。私がよく行う合成(新しい組み合わせ)には、二つの絵をレイヤーで重ねて新しい形や色を見るということがあります。アドビフォトショップではレイヤーにした画像をモードによって合わせてみることができます。たった二枚の元画像から新たに別の画像が出来上がるのです。

二枚の絵をモードで重ねるだけで一発で決まる場合も希にありますが、ほとんどは部分的に選択してモードの掛け具合の割合を変えてみたり、エフェクトの掛けたりかけなかったりいろんなことを試しています。

合成は合成なのですが、同じ重ねるにしてもその新しい組み合わせから生まれる新しい見え方を探し出せばいいのです。新しい形や色が現れたときに自分がスゴいとかキレイだと思えたらOKサインです。それが、新しいスタイルであれば、他には無い価値もあるので新鮮ですし、興味を引かれることにもなります。

すでにある、誰かが行った一つの組み合わせ方を知っていたとしてもそこに新しいセンスで編集することで、新たにとっても斬新なデザインやアートになりえます。そのセンスは各自の持っているセンスでしかありえなく、誰も真似のできないセンスを各自が持っていると思います。似ていても非なるものになります。センスの磨き方や繊細さの出し方は別の機会にゆずるとして、今回はアートの元、創造の元について少し触れたいと思います。


合成の前にもう一つ、コピーということがあります。複製のことです。
著作権の問題はありますが、根本的にはすべてはコピーからスタートするのではないでしょうか。アート作品も全く何も無いところから発生することはあり得なく、必ずなんらかのコピーから発生しています。オリジナルは先ずコピーから生まれます。本人がどんなにこれは俺のオリジナルだ私だけのオリジナルだといっても、例えば素材自体はコピーそのものです。

学生の時に、ゴッホやシャガール、クレー、鳥獣戯画などのコピーをしたことがあります。コピーをするとその作家の感じ方というか気分というかいろんな言葉にならないことが分かるとまでは行かずとも、何かを少しだけでも掴んだような気分になれました。

鉛筆や色鉛筆、パステル、絵の具で自分が描くのですが、自分でない人の筆跡をなぞってみると、具体的な塗り方や勢いや色の使いかた色のバランスの具合などが分かってきます。だから瞬間だけも、ゴッホやシャガールと一体化したような気分になれたりします。

スケッチをするということも、外界に見えるものを模倣しているのです。コピーなのです。自然を描くというコピーをすると面白いです。例えば植物は生きているのでスケッチの初めと終わりにでは動いていることがよくわかったりします。植物にもよりますが、花などは動きまくりです。だからコピーといってもある意味瞬間を捉えるということになります。

職人に教えを乞う時にはじめは掃除から道具の片付けなどからともいいますが、掃除をすることで場の状況を記憶して、道具の置き方からすでにコピーが始まっています。

ただひたすらコピーすることを続けているうちに必ずその人のセンスが見え隠れしてきます。そしていつしか自分なりの作業手順や道具の使い方がでてきて、オリジナルの形が生まれ出し、いつしかコピーから卒業します。はい、じゃぁ1000本ノックいくぜ!1000枚もあるものをコピーできたら偉い。きっとその時は何か必ずつかんでいるぜ。

コピーや合成という簡単な方法を自分なりに使いこなすことで、新しいアートが生まれます。

だけど新しい組み合わせと言っても、一体何と何を組み合わせるのでしょう。物と物だったり、考え方と考え方でもいいし、一対多,多対多も、物と場だったり、行為と状況というパフォーマンス的なことだったり、日常と非日常など、それらの軸(AXIS)の持って来方でいろんな変化が起りますね。


もう一つ「置き換え」ということがあります。
ロイ・リキテンシュタインという近代美術の作家はコミックアニメの小さな一場面の絵をばかでかく大きくして、雑誌印刷のアミ点のつぶつぶがはっきりわかるくらいにしました。本来なら雑誌上にある小さなサイズの絵を壁に大きく拡大するという、場の置き換えをしたのではないでしょうか。

小さな辞典の文字をコピー機でどんどん大きくすると違ったところが見えてきて面白いです。

画像を創ったとして、その一部をカットしそこだけを大きくして新しい画像のスタートとすることも面白い方法の一つです。全くなにも素材が無い時にもこの方法でベース地だけでも完成します。なんとなくさまになったりします。画像ソフトで詳細な部分を超拡大するのです。例えば4ピクセル×4ピクセルのランダムな16個のピクセルをその境界がなじむ様にぼかして400ピクセルとかに拡大するなどです。

これらの行為にどれだけワクワクするか、思わぬ形や色がでてくるかでアート心に火がつくかもしれない。

**マッシュアップ、リミックス
ラベル:アート
posted by ライトーダ at 22:02| 石川 ☀| Comment(0) | アートライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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